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大阪地方裁判所 昭和48年(わ)4083号 決定

被告人 高野幸雄

主文

被告人の検察官(一通)および司法警察員(七通)に対する供述調書について、検察官がなした証拠調の請求はいずれもこれを却下する。

理由

被告人の当公判廷における供述および本件の共犯者として取調べられた池田保次、上野甚三郎、中出史郎、原田美智三、同人らを取調べた警察官である木村勝彦、秋田英造の当公判廷における証人としての各供述を綜合して判断すると、別の事件で逮捕勾留されていた右池田が、たまたま本件起訴にかかる日時場所において賭博場を開帳し約一〇名の賭客を集め俗に手本引と称する賭銭博奕を行なわせて利を図つた旨を自供したことから本件の捜査が始められたものであるが、同人は右木村、秋田から、当日いわゆる合力の役をすることによつて幇助したのは誰であつたか、また張り客は誰であつたかと問いつめられ、当初は自己の所属している暴力団山口組系中山組の組員らの名前を挙げていたが、彼らの所在が不明で警察において捜査をそれ以上進行させることができなかつたところ、右木村、秋田から、どうせ全員罰金ですますから合力役も張り客も一応そろえてくれと云われ、池田としても一日も早く身柄を釈放してもらいたいという気持から、本件の捜査が速やかに完了することを願い、かつ、捜査官に迎合して少しでも自らの立場を有利にしようという念も加わり、真実の共犯者らについて申し述べていても捜査の埓が明かないことをおそれ、ついに同人が日頃親しくしている兄弟分の被告人をはじめとして前記上野、中出、原田らを適当に当日の合力役や張り客に仕立てることによつて本件の捜査を首尾よく落着させようと思い立ち、出まかせの自供をしたうえ、右木村、秋田と同道して被告人宅へ赴き、「自分が早く釈放してもらいたいために、これこれの自供をしたので、それに口裏を合わせてくれ、本件については罰金ですむことに警察と約束ができているし、その罰金は自分が全部面倒を見る」旨申し述べてその協力方を求め、次いでそれを承知した被告人から更に右上野らに協力方を求め、ここに被告人、上野、中出、原田の四名は意を相通じ、全員罰金刑ですむという期待ないし了解の下に、池田の願いに応えるべく警察に自ら出頭し、既に作成されていた池田の虚偽の供述調書およびそれに沿つて作り上げられた各人その他人数をそろえるために加えられた架空人の役割を詳細に記載した図表の内容を告げられ、或はそれを示されながら、全くそれに合わせて虚偽の供述をなしたものであることが認められ、その間において取調べに当つた右木村、秋田の両警察官は、右の事情を十分に察知しながら、池田を被告人宅へ同道して面接の機会を与え、両名のでつち上げ工作を傍で聴きながら、池田が「罰金ですますことについては警察と話がついている」旨述べるのをもあえて黙認し、更に警察へ出頭した被告人に対し池田から預つていた罰金用の金一〇万円を手渡したりすることによつて、右被告人、池田らの工作をむしろ慫慂助長したような形跡がうかがわれ、右木村、秋田のこれに反する証言部分にはにわかに措信し難いものがある。なお、罰金ですますという点について右木村ないし秋田が被告人はじめ右上野らに対し直接約束をしたかどうかという点については、証拠上なお確たる心証のとれないところであるが、その疑いは多分に存するのみならず、少なくとも被告人に対しては右のように池田を通じて強度に暗示したということが認められる。

ところで刑務所に服役しなければならなくなるおそれがある場合と、単に罰金ですむという安心感のある場合とでは、右のようなでつち上げ工作の依頼に応ずるか否かの決断に大きな差異を生じさせることは云うをまたないことであり、殊に本件の場合には被告人はその前科の関係から仮りに有罪の判決を得た場合には刑の執行猶予には付されえない身の上であることを十分に自覚していたものであることが認められるから、右の差は非常に大きく、右に認定した警察官の「罰金ですます」旨の明示の約束ないし相当強度の暗示は、あたかも検察官が起訴猶予の約束をなしたと同程度に虚偽自白への強力な誘引力をもつたものと考えられる。

そしてこの誘引力は被告人らが検察官によつて取調べられたときにも同様に存続した結果、被告人、池田らの右のようなでつち上げ工作は同人らの検察官に対する供述においても一貫して行なわれたことが認められる。

なお、一般に警察官であれば罰金ですます権限もあるであろうと考えるのは無理からぬことであるし、また、被告人に割りふられた手本引賭博の合力役は賭博開帳図利幇助罪を構成するところ、その法定刑には罰金刑がないなどということまでは知らないのが通常であり、被告人としてひとえに罰金ですますという警察官の意向を信じてその前提の下に自白したという点は十分信用できるし、またそれについて責むべき点があつたとも考えられない。

以上のような状況の下になされた被告人の自白は、刑事訴訟法三二二条一項但書にいう「任意にされたものでない疑い」があるものとして証拠能力を欠くものと解さざるをえない。

よつて主文のとおり判決する。

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